Sleep, Sleep, Peasant Son / Mussorgsky / Christoff

ムソルグスキー  Modest Mussorgsky (1839-1881)   Mossorgsky Songs

眠れ農夫の子よ(子守歌)Sleep, Sleep, Peasant Son (Luliaby)

詩:オストローフスキイ


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Bayu, bayu, mil vnuchonochek,

バーユー、バーユー(ねんねん、おころりよ)、かわいい孫よ

ty spi, usni, usni, krest’yansky syn.

おやすみ、ぐっすり、おやすみよ、私の農夫の息子よ

Bayu, bayu, doprezh dedy ne zavali bedy,

バーユ、バーユ、ご先祖様は不幸にゃ無縁

beda prishla, da bedu privela 

なのに不幸とやっかいやってきた

s napastyami, da s propastyami, 

悲しみ苦しみどっさりやってくる

s pravezhami, beda vsyo s poboyami!

その上むち打ちご一緒さ!

 

 

Bayu, bayu, mil vnuchonochek, 

バーユー、バーユー、かわいい孫よ

ty spi, usni, usni, krest'yansky syn.

おやすみ、ぐっすり、おやすみよ、私の農夫の息子よ

Izzhivyom bedu za rabotushkoy,

お仕事あくせく働けばきっと不幸は乗り切れる

za nemiloy, chuzhoy, nepokladnoyu, 

つらいお仕事、ひとのお仕事、骨は折れるし、終わりもない

vekovechnoyu, zloyu, stradnoyu, zloyu, stradnoyu.

つらくて変わらぬ、ずうっと続く厳しいお仕事

 

 

Belym teltsem lezhish v lyulechke,

おまえの白くて小さな体はゆりかごの中

tvoya dushenka v nebesakh letit,

おまえの魂は天翔ける

tvoy tikhy son sam Gospod’ khranit.

おまえの静かなおやすみを神さま護ってくださるよ

Po bokam stoyat svetly angely,

両側には輝く天使さま

stoyat angely!

天使さまが護ってくださるよ!

(レイフェルクスのムソルグスキー歌曲集のCD解説にあるロシア語ローマ字表記とSCHIRMER'S LIBRARY, Vol.2018 MUSSORGSKY Complete Songs HARLOW ROBINSONの英訳より 第2稿 )

ムソルグスキーの子守歌。

チャイコフスキーの子守歌は芸術作品として鑑賞されるアカデミックな作品だった。対照的にムソルグスキーは視点を貧しい農民に向けリアルな日常生活を歌にした。当時五人組はバラキレフの指導のもと新しいロシアの音楽を目指し、伝統的な西洋音楽を取り入れようとするペテルブルグ音楽院の音楽家たちとは対立関係にあった。

展覧会の絵のビドロのような低い音の歩みが聴こえる重荷を背負ったつらい毎日を想像させる。当時、農奴開放令は出ていたが農民の生活状態は返って悪くなっていた。

 おばあちゃんが孫を寝かしつけている。ああ、今日もつらかった。毎日まいにちどっさり働いても生活は良くならない。愚痴と諦めの言葉がつい口に出てしまう。だけどこのかわいい孫には幸せが来ますように。神様が守ってくださいますように。おばあちゃんの孫を思う気持ちが伝わってくる。

人民の中へというスローガンがあったが、この歌はまさにその趣旨に沿ったものだ。子供に歌って聴かせるような優しい曲想で、弱者に共感する視点からの詞が使われている。チャイコフスキーの格調高い子守歌もいいし、ムソルグスキーの庶民的な愛情あふれる歌もいい。当時のロシアの音楽家たちの熱い論争が思い浮かばれる。

映画「ヴィニスに死す」の最後にこの歌がアカペラで効果的に使われている。

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「小さな人間」を見守る目。なんとやさしい歌!

 「カリストラート」では子供の視点から見ていたのに対し、この「眠れ農民の子よ」では親、祖父母の立場から子供の幸福を願う。貧しい農民の暮らし。もう神様に願うしかない…

ピアノの左手に鳴るシンコペーション、低く果てしなく続くかのような八分音符の連続。重い荷物を背負って一歩一歩進む歩みを表しているかのようだ。後の「展覧会の絵」の「ビドロ」を思い起こす。その上を優しく優しく「バーユゥ、バァァァユ」と歌い始める。

母ユーリアを失ったムソルグスキー。この曲は母の思い出に捧げられている。母に守られて眠った遠い遠い日をきっと思い起こしていたにちがいない。 

詩では「孫」となっているので語るのはおじいちゃんかおばあちゃん。家族は多いのだろうか。貧しい中、支え合うのは家族とその愛。偽りのない愛、家族、絆。天使のようなかわいいあかちゃん!

最後の節はその純粋無垢な子供の幸せを願う。短調から長調へ。夢見るように…ああこの子は幸せになりますように…

この曲の最後が何でこのような終わり方をするのか不思議に思っていたが、管弦楽版を聴いて納得した。

この曲の最後、このように2つの長いFの音で終わる。管弦楽で聴くと弦でピアニシモで奏される。するとどうだろう、ぐっすり眠る寝息に聴こえるではないか。ムソルグスキーは粋なことをやっている。

ボリス・クリストフの歌も素晴らしい。深く包み込むような優しい声。クリストフは第1稿のもので歌っている。

第1稿は第2稿で削除された歌詞が含まれ、ピアノも少し違っている。削除された歌詞は、第2稿の最後の節の前、つまり転調する前にこの1節が入る。

 

バーユー、バーユー!

おやすみ、ぐっすり、おやすみよ、

わしらが不幸を乗り切るあいだ

不幸を乗り切るあいだはね

わしらの悲しみ過ぎ去るよ

神さまきっと許してくださる

皇帝さまがお慈悲をくださるよ

(SCHIRMER'S LIBRARY, Vol.2018 MUSSORGSKY Complete Songs HARLOW ROBINSONの英訳より )

 

社会批判、とりわけツァーリズムへの批判がカットされた場所にありありと見える。ということは英語訳にある all accompanied by beatings は農奴解放令が名目のみで終わり、権力者に従わないものはむちで実際に打たれたということだろう。つらい厳しい時代、社会にいたようだ。 

第1稿の楽譜を見ると第2項にはない細かい指定が書いてある。「眠そうに」「目覚めて」「うとうとと」「ほとんど語るように」「眠りの中で」「音を隠すように」最後は「だんだん遅く、かろうじて聴こえるくらい」「語るように」、最後の2小節のピアノ伴奏は「眠りこんで」という調子。

スターソフは、「ムソルグスキーはこの歌を作曲してから、それ以前にはほとんど触れてもいなかったが、この時以来、完全にそして永遠にその方向へと移行することになる、音楽上の仕事に着手した。それは、音楽の形式を通して、自己の人生で自分自身が体験したり、見たりしてきたものを描くこと、そしてそれと同時に、民衆の中から生まれた性格や人物や場面を描くことである。この時以来、この唯一の芸術的課題、すなわち生きた現実主義に、自己を捧げる決心をしたムーソルグスキイは、勿論、彼のはじめた仕事の重要性をよく感じとっていた。」と書いている。

(「ロシア音楽史Ⅰ」森田稔・梅津紀雄訳 全音楽譜出版社

この年から、作曲者の創造は、前人未踏の独創的な響きをたて始める。

(作曲家別名曲解説ライブラリー22「ロシア国民学派」 音楽乃友社 井上頼豊氏)